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TRPGに期待される効果
加藤:あと僕がTRPGを通じて関わった子どもたちの中には、ゲームマスターをやる側になってくれた子もいます。中には、あまりしゃべらないタイプの子もいました。その子については、母親も周りの大人たちも、その子がゲームマスターをやるのは無理だろうと思っていたんです。でも、本人はTRPGを遊ぶたびにその帰り道に「自分だったらどんな物語にするだろうか?」ってことを考えていたそうなんです。表出していなかっただけで、その子の中では物語が積み上がっていた。そして実際にゲームマスターをやってもらって、活動を重ねるうちにどんどん上手になっていきました。そして興味深い点なのですが、決してその子は「饒舌になった」わけではないんですね。淡々と喋りながらですが、ゲームを面白く進めてくれる。いつの間にか、私たちが実施している余暇活動のTRPGの中で、ゲームマスターとして活躍してくれる重要なスタッフの一人になっていました。そこまで成長していました。
菊田:へぇ。すごいですよねえ。立派に独り立ちしていますね!
加藤:そうですね。独り立ちしています。その子、というか今は青年ですが、勤務している会社でTRPG体験会やボードゲーム体験会も企画したそうです。ほかにも僕たちがやっている余暇活動「サンプロ」以外の場で、TRPGのグループを作って、ゲームマスターをしている子もいます。
菊田:それは本当にすごい!……そうして見てきた加藤さんが考える、TRPGに期待される効果って何だと思われますか。
加藤:一つには、コミュニケーションの促進があります。周囲にとって望ましい会話ができるとかではなく、良い意味で自分らしく会話ができる、その会話で世界を広げていく力をつけていくという変化です。あとは参加した子どもたちのQOL(クオリティ・オブ・ライフ)の向上ですね。実際に実施した調査研究で、余暇の場でのTRPG活動に参加した子どもへのQOLを事前・事後で測定したところ、全般的なQOLの数値の向上が見られました。特に「精神的健康の分野」と「友達」の下位項目について高い効果が見られ、あと「自尊心」の項目の数値も高く上がっていました。そういう結果から見ても「家庭」「学校」とは別の「余暇」という第3の場での活動の1つとして、TRPGというのはいい活動になっているのかなと思います。彼らのウェルビーイング(well-being)を支える場になっていることが分かったのは、大きな成果だと思っています。
※ウェルビーイング(well-being):身体的・精神的・社会的に良好な状態にあることを意味する概念のこと。
菊田:さっきの繰り返しになりますが、知的に高い子どもたちの支援ってあまりないですもんね。
加藤:そうですね。あるASDのお子さんから言われたことで印象深かったのは、学校での活動は「子供騙し」なものが多い、と。特別支援教育の活動の中には、知的発達の遅れがある子に合わせたものを想定して作られたプログラムが多いので、知的能力の高いというか知的発達水準の高いタイプの子どもたちにとってみると、「子供騙し」に感じられるのかもしれません。ただ、補足しますが、これは知的障害のある子が子供騙しの活動で満足しているという意味では決してないですし、その子の特性・発達に合った質の高い支援プログラムも数多くあります。ただ時として知的発達の遅れがない発達障害のある子にうまくマッチングしていない支援が一定数あるのは事実だと思います。
遊びだからこそ本気に
菊田:保護者の私ですが、今はKIKUTAとかやってて、かりそめにも支援者の端くれでね(笑)。それであえて自戒を込めて言えば、この活動を子どもたちがどう感じているだろうかということをいつも考え続けていたいなと思います。
加藤:まあ言葉を変えますと、「子供騙し」こそ手を抜いたら騙せません。騙している訳じゃないけど(笑)。子ども相手だからこそ真剣にやらんと、「遊びだからこそ本気にやれ」と思っています。昔のタモリの名言で「真剣にやれよ! 仕事じゃねぇんだぞ!」ってのがありましたが(笑)。
僕は、子どもたちには社会に出たら、むしろ仕事については手の抜き方を知ってほしいんです。サボったり、手抜きしたり。もちろん一生懸命であることは素晴らしいんですけど、頑張り過ぎてそれで潰れちゃう子もいるので。遊びも大切にして欲しい。何なら「遊びこそ大切にして欲しい!」「遊び・余暇こそ人生!」です。
菊田:余暇支援研究の目指すものって、つまり「人生を楽しんで」ってことですかね。
加藤:そうです。僕自身は趣味の幅も芸の幅も狭い人間ですが(笑)。その狭い芸(TRPG研究)の中で、子どもたちには存分に楽しいんで欲しいと思っていますし、子どもたちには「こんなマニアックな研究している不思議なオッサンでもこの世の中で生きていけるんだ」と自信を持って世界を深めて欲しい(笑)。
菊田:活動を広めていくために、私たちは読み書き配慮っていう一般社団法人を作ったわけですが、加藤さんは博士論文を書いた。
加藤:そうなりますかね。現代社会の中ではエビデンスが重要視される傾向がありますので、その中で、僕はエビデンスのある研究という形で、論文という形で、TRPGの面白さやその効果を多くの人に知って欲しいと思っています。ただ、いっぽうでエビデンスにばかり固執するのも良くないとは思っていますので、関わっている子どもたちの体験やナラティブ(物語)を丁寧に紐解いていく研究も同時にしています。
菊田:エビデンスについては、私も思うところがあります。実体験がベースにあってこそ、仮説が立てられるわけだから。最初の気づきは実体験だろうと。そしてそれを捉える感性だろうと。決して研究を軽んじるわけではなく、でもそれと同じに実体験や感性を軽んじてはいけないんじゃないかなと。
加藤:エビデンスは、そのことに関心がない人も振り向かせるためには重要だと思っています。ただ、くり返しになりますが、研究者側がエビデンスに振り回されるのは、ちょっと違うだろうと思います。「数値が上がりました、数値が下がりました。だからこのプログラムは有効です、有効じゃありません」。というのは少し違和感があります。人が関わる世界はそんな機械的なものではないだろうと。落語だって名作といわれる噺があっても、それが面白くなるかどうかは、演者によりますからね。
菊田:あと、その時のお客さんによっても違いますよね。
加藤:そうそう!(笑)お客さんによっても違うんですよ。教育の世界に、誰がどの場でやっても100%同じように確実に効果のあるもの、というのは(あればいいけど)ないんじゃないかと思います。突き詰めていったら、“その時の出来事”っていうことになるのかもしれません。生物学的なところで、脳のこの部分が損傷していたら、この箇所に変化があったら、ということは語れるかもしれませんが、心の世界や教育の世界をエビデンスのみで話していると、変な方向に陥る可能性もある。だからといってエビデンス無視で良い訳ではなく、両方の視点、多様な視野が必要です。
菊田:加藤さんの今後の展望を教えてください。
加藤:展望ですか……いや、何というか、基本的に、なりゆきと風に任せて生きているので、今後の展望はどんな風が吹いてくるかによるのかな(笑)。
編集者・出版人としては、今後も発達障害や特別支援教育に関する書籍の本を作り続けたいですし、現在運営しているオンラインセミナーなどの媒体を通じて心理・教育の分野の人たちに発達障害・特別支援の面白さと深さを伝え続けていきたいと思っています。
研究者・教育者としても、色々やりたいことはあるんですが、あまり色々やり過ぎるとどれも中途半端になってしまうので、ひとまずは「通りすがりのTRPGおじさん」をメインに精進いたします(笑)。
ただ、TRPG研究といっても広うござんす、ですので、個人的にはその中で、思春期・青年期の子どもたちの余暇活動支援を重点的にやっていきたいですね。そして発達障害のある女の子・女性たちの小グループ支援の研究も続けていくと思います。思春期になってから支援に結びつかない子、特に女の子って結構いると思っています。
菊田:女の子の発達障害は確かに、子どもの頃に顕在化せず、大人になって顕在化して、その頃には複雑で深刻化しているように思います。ぜひ開拓していただきたい分野ですね。
では最後に、子どもたちへのメッセージ聞かせてください。
加藤:そうですね……「これからも楽しませてください!」ですね。
菊田:(笑)。今日は加藤さんの真髄に触れるお話が聞けたように思います。ご研究にせよご活動にせよお仕事にせよ、その情熱とバイタリティーの源は何だろうって長年思ってたんですけど。今日のお話を聞いて加藤さんは「人格が持つ宇宙への無上のリスペクト」をお持ちなんだなと思いました。きっとそのその真摯な思いがバイタリティーの源なのかなと。今日は貴重なお話をありがとうございました。
加藤:いえ、こちらこそありがとうございました。ここまで自分のことを喋ったのは初めてかもしれません。普段は人の話を聴くのが商売なので(笑)。いや、楽しかったです。
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