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菊田 Aくんが書くことに困難があることについては保護者やご本人から申し出があったんですか? それとも先生が気づかれた?
鈴木先生 最初の頃ははっきりとはわからなかったんですが、やっぱり提出されたノートを見たり、書いているものを見てきているうちに、明らかに書けてないな、というのがわかってきました。でも、パソコンを使わせたらすごくできる。そういうのはやっぱりそばで見ていないと気づきにくいですよね。
菊田 小学校からの申し送りは特にはなかった?
鈴木先生 学力についてはありましたが、書くことができないことについての申し送りはありませんでした。書けないということに本人も保護者も気づいてなかったみたいです。
菊田 本人もわかっていなかったということですか?
鈴木先生 Aくんの場合は教師じゃないと気づきにくかったかもしれません。すごく頭がいい子で口が立つんですけど、それが表現できないのはなんでだろう? どうしてやるべきことができないんだ? 友達とのコミュニケーションもうまくいっていない。そんな感じが気になって見ていました。
菊田 ADHD的なトラブルが頻発するという適応の問題もあったんですね。
鈴木先生 保護者の方も悩んでらして、「もしかしたら障害があるのかもしれない」と、病院に行って診断を受けたりしました。その結果、やっぱり特定の分野で苦手というか、有意差が出るというのがわかった。書くこと、識字のほうがちょっと厳しいという結果が出たんです。それで私の方から「パソコンを使ってみたらどうですか」という提案をしました。
菊田 やっぱり先生方がプロの目で実態把握する力はすごいですね。親はその子しか見ていないので、自分の子が書けない状態なのか、わからないんですよ。兄弟姉妹がいたとしても3人とか4人くらいですから、その子が客観的にどういう状態なのかを知るのはすごく難しい。でも、先生方は毎年何十人もの生徒を見られるわけだから、プロの目で、この子がどれくらい書けないのか、ということがおわかりになる。今回、鈴木先生が気づかれて先生の方から働きかけをなさったのは理想的だと思います。
もうひとつ、いいな、と思ったことがあって。鈴木先生は「パソコンだったら書けるよね」という代替の提案をされた。「書けないよね」って通告するのではなく、解決策を提案されたことがすばらしいと思います。
鈴木先生 実は、それができたのは前例があったからなんです。上の学年にパソコンを使っている生徒がいて、彼がパソコンを使って授業に参加するのをずっと見ていたし、テストでもパソコンを使ってましたから。そのことが後押ししてくれました。
菊田 事例の循環が新たな事例をつくるということですね。
鈴木先生 はい。前例があったというのは大きかったです。ただ、正式に学校に通すのは難しかったので、最初の1年くらいは「そういう診断が出ているので試しにいろいろやらせてください」という形でやってました。
菊田 やはり診断はあった方がいいですか?
鈴木先生 ただ単にやりたいというだけでは無理で、やっぱり診断が出てないと…というのはあると思います。その辺はなかなか難しくて、なかにはサボってパソコンに逃げようとする子も出てしまうかもしれない。でも、そうではなくて、できないことを補助するために必要ならパソコンを使う。そういう柔軟性があるといいですね。
菊田 パソコンを使いたいというと、「ノートを取れないのは努力が足りないからだ。がんばって書きなさい」という話になることも多いようです。
鈴木先生 そうですね。でも大事なのは、どうしたらその子のためになるか、ということなので。私も担任としてAくんと一緒に活動していくなかで、そういうことが見えてきました。そのうえで、「実はこういう診断書が出てきているので、試しにパソコンを使わせてもらえませんか」って職員会議にかけたら、通ったんです。「じゃあ、やってみたら?」と後押ししてくれる人が多かった。たぶんAくんのことは私だけじゃなく、いろんな先生が気づいていたと思います。
菊田 先生方の間でAくんについて話題が出ることは?
鈴木先生 よく出てきました。担任していてわかる部分もありますし、それぞれの授業でわかる部分もある。だから先生方に授業の様子を聞いたり、それぞれの教科について、例えば「作文はどんな感じですか」ということを聞いたりしていました。
菊田 先生同士、情報交換するということですね。じゃあ、パソコンの導入も全教科いっせいに、という感じでした?
鈴木先生 最初はパソコンを1台貸し出していたんですが、ちょうどその頃、生徒が使用するためのタブレットが学校全体で導入されたんです。それが大きかったですね。
菊田 やっぱりタブレットやパソコンは必要ですよね。先生がおっしゃっていた、板書計画を横に置かないと書き写せない子たちって、もう障害といってもいいレベルだと思うんです。そういう子たちに早く使わせてあげたい。技術の力で代替の手段を身につけて次の進学につなげていくっていう。
鈴木先生 結局、学校を卒業したら社会に出るわけで、そこでできなきゃいけないことってたくさんあると思うんです。そうなったときに自分の能力や特性を生かさないと生き抜いていけないんじゃないか。
菊田 そうですよね。だから自分の能力や特性を使って生きていく力を中学校までにつけてやりたいって親も思っているんですけど、どうしても適応の方に目が行っちゃって。「やるべきことはやりなさい!」とか「根性が足りない!」みたいなふうになっちゃうんです。
鈴木先生 わかります。そうなりますよね。
菊田 そうなってしまいがちなんです。それはもう、親も教員も同じですよね。そのなかで、問題の本質をそれこそ合理的に見抜いて合理的な配慮を行っていくことができれば、その子にとってすごく大事なターニングポイントになると思うんです。
菊田 適応が悪かったAくんはパソコンを導入して、その後、どうなりました?
鈴木先生 なんというか、自分に自信が持てたみたいです。パソコンで作成したノートや勉強のまとめを他の子たちが見てほしがったり、コピーしてあげたりとか。私もそれを見て「いいじゃん!」って言ったんですが。
もちろん、パソコンだけで学力が上がったわけじゃないと思いますが、彼にはすごく合っていたんだと思います。
菊田 そこで先生が「いいじゃん」って肯定してあげるのもすばらしいですね。中には、そうやってコピーして配ったりするのが良くないからパソコンの導入を認めないっていう学校もあるんです。いろんな考え方があって、支援をしようとしても難しい場合も多い。先生はよく突破できましたね。
鈴木先生 簡単ではないですが、前例があったので後押ししてくれる人もいましたし、「できるだけやってもいいよ」って言ってもらえました。
でも、配慮することはふつうだと思うんです。考えていることをうまく表現できないって、いちばんきついと思うんですよ。それで苦しんでいる子がけっこういます。「書けない」もそうですし、「ことばにできない」っていう子も多い。でも、書けない子はパソコンなどのツールを使えばいいし、ことばにできない子は書けばいい。しゃべるのは苦手でも日記なんかはすごく書くという子もいるじゃないですか。ことばにしなくてもそうやってコミュニケーションを取ればいい、って今も生徒には話してるんですけど。
菊田 人見知りといった性格の問題ではなく、ことばが出ない、話せない子もいますね。
鈴木先生 やはり吃音などもあるので。そういう子はペーパーテストは得意でも発表ができない。でも、どちらかができればいいんです。もちろん全部できればいちばんいいんですけど、できなくても表現する手段があればいいんじゃないかな。
だから、LDの子が授業でパソコンを使っているのを初めて見たとき、いいな、画期的だな、と思ったんです。
菊田 先生がおっしゃったように、自分の気持ちや考えを表出できないというのはすごく苦しいことで、たくさんの子がストラッグル(葛藤)してるわけじゃないですか。表出ができれば本人も楽になりますよね。
鈴木先生 実際、それで友達ともめることも多いです。
菊田 苦しんでるからもめちゃったりするわけですよね。でも、パソコンやタブレットを使い始めると表出することを覚えていく。私の息子はLDなんですが、彼に言わせると「表出の回路ができてくる」んですって。そうすると、ことばで説明するときもちゃんと落ち着いて言えるようになる。Aくんのように書くことで他者から認めてもらうと自己肯定感も上がっていきます。
Aくんは友人関係のほうはどうなりました?
鈴木先生 改善しました。もちろん本人の性格もあるので、ふつうにもめることはありましたけど、だいぶ落ち着きました。3年間担任したんですが、3年目にはけっこうブレインになるくらいになってました。
菊田 おお~。学級のブレインってことですか?
鈴木先生 そうです。私とツーカーになってきたというのもありますが、やっぱり周りの理解が大きかったです。周りの子たちがその子の性格や、その子のやることをわかってきた。クラスでは周囲の環境を整えることで配慮もうまくいくと思います。
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