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加藤:彼らのうちの一人は、普段はケータイをいじりながら独り言をつぶやいて、周囲に人がいても一人でソファでピョンピョン飛び跳ねている。またある一人は、自分が思いついた架空のゲームのネタをひたすらスタッフの職員さんに話し続けていて、一方的に話すだけでコミュニケーション(やり取り)になっていない。でも、「あれ? 僕、彼らとTRPGでは普通にコミュニケーションできているよな?」と。まあゲーム中もやや一方的に喋ったり、独り言っぽい所もあったりはしましたが、ちゃんとやり取り自体はできていて、物語も面白く展開していく。TRPG自体は問題なくできている。これに「不思議だな。何でだろう?」と思いながら、とりあえず一緒にTRPGを楽しんでいました。
その後、雑誌編集を通じてお付き合いのあったフリースクールの先生やクリニックの先生に「それ(TRPG)面白そうだから、うちでもやってみてよ」と声がかかるようになり、子どもたちを相手に「出前TRPG」をするようにもなりました。そして、それらの出前TRPGでも、「コミュニケーションに問題がある」「会話が苦手」「集団活動を嫌がる」と言われている発達障害のある子どもたちが、本当にTRPGを楽しんでくれている。「普段は席が隣り合うだけですごく喧嘩になるんです」という子ども同士が、TRPGでは協力して冒険物語を楽しんでいる……そんな経験もあって、「もしかしたら、TRPGは発達障害のある子どもたちのコミュニケーションを育てる力があるんじゃないのか?」って思うようになったんです。
ただ、実際にそういった効果の可能性について、編集者としてお付き合いのある心理学や教育学の先生たちにも訊いてみても、大半の先生からは「いや、そんなゲームで発達障害の子のコミュニケーションが変わるとは思えない」「加藤さんの思いこみ過ぎだと思う」「ゲームが子どもに良い影響を与えるわけがない」等々、バッサリ言われましたね。私の説明の仕方も悪かったんでしょうけど。
菊田:いや、変わる。実際に目の当たりにしてそう思う。
加藤:ありがとうございます。中には「そんなゲームなんて暴力的なもので、子どもたちが暴力的な行為に走ったらどうするんだ!」と叱責してくる先生もいて、その時はすっげえ凹みました。
ただいっぽうで「それは面白い!」と言ってくれる研究者や現場の先生、親御さんたちもいて、その人たちの言葉が励みになって、あと、バッサリ否定してきた専門家の皆様の言葉にカチンときたこともあって(笑)、ある時期から活動の記録を取ったり、データをまとめたりするようになりました。
それから、TRPGを使って発達障害のある子どもたちを支援するという研究を、ほかに誰かがやってないかなと探したんですが、先行研究は見つけられなかったんですね。あと、コミュニケーション支援やSSTの研究をやっている先生にも相談しましたが、あまりいい反応は得られなかった。「ゲームとSSTは違うよ」とか、「それ(コミュニケーション支援)はSSTでやればいい。わざわざTRPGというゲームでやる必要はない」と言われたこともあります。その時は反論できなかったですが、でも「いや、それは違うんじゃないかな…」という思いというか引っかかりは残りました。
菊田:私もそれは違うと思いますね。楽しまなければ。楽しくなければ、子どもは芯から伸びないから。
加藤:そうなんです。コミュニケーション等の支援には、SSTのようなアプローチもある面で大切だとは思いますが、その人が「楽しい!」と思える活動だからこそ成長につながるものがある。それは人生の核になるし、誰にとっても必要なものだと思います。
菊田:編集者をしながら大学院に進んだのは、そういった思いを研究という形にしたかった、ということですか?
加藤:それもありますが、専門的なことを勉強する必要性を感じたことも大きいです。編集者として発達障害の世界を取材・見学したり、ボランティアとして関わる中で、保護者の方や学校の先生方から相談を受けるようになったんですね。「加藤さん、うちの子に○○アプローチは良いですかね?」とか「○○プログラムは効果あるんでしょうか?」みたいな。ただ、私は残念ながら教育の「き」の字も満足に学んでないヘッポコ編集者なので、質問を受けるたびに「いや~よく分からないですね」「いや専門家じゃないので…」と愛想笑いをして逃げていました。ただどんどん発達障害の世界と深くかかわっていく中で、そうやって逃げ回る自分のことが嫌になってきた(笑)。正直「編集者を辞めようかな」とまで思い詰めました。深い悩みを抱えて質問してくる人がいるのに、自分の不勉強が悪いのに「専門じゃないんで~」って逃げ続けながら、編集者を続けるのもどうよ?と思ったんですよ。
それで色々悩んだ挙句、再び『児童心理』編集代表の真仁田昭先生に「かくかくしかじかで深く悩んでおります」って相談しました。
そしたら、先生がひと言、「加藤さん、大学院に行け」と。正直なところ「鳩が豆鉄砲くった」感じでしたが(笑)。詳しく訊くと、筑波大学に主に社会人(現場の支援者)を対象にした夜間大学院があるという話(真仁田先生はその立ち上げに関わっていらっしゃったようでした)。また石井先生にも相談したら「大学院はいいね。応援しますよ」と。改めてそれらの言葉を反芻して考えて、確かに大学院に行くことで自分の専門性も高められるし、もしかしたらTRPGの効果を研究で証明できるかもしれない…と思いいたりました。しかも、その筑波大学の社会人大学院のキャンパスというのが、私の職場から歩いて3分のところにある (笑)。
菊田:それは行くしかないですね(笑)。それはいつ頃の話ですか?
加藤:受験したのは、2010年かその前年か…の辺りですね。
菊田:それ、私が初めて加藤さんに出合った頃じゃないですか?
加藤:そうですね。ちょうど深き悩みを抱えていた頃です(笑)。で、大学院には無事に合格しまして、TRPGをテーマにした研究で修士論文を書くことにしました。あと在籍中に周囲の先生方からの勧めもあって、修士1年の秋にTRPG研究について学会で発表もしたんです。学会には編集者としてお付き合いのある先生方も多く参加されていたので、「加藤さん、何しているの?」と結構驚かれました(笑)。また発表を聞いていてくれていた先生の中には愛知で児童精神科医として活躍されている吉川徹先生や、現在相模女子大学にいる日戸由刈先生、あと、後に博士課程での博論の執筆でご指導をいただく東京学芸大学の藤野博先生もいらっしゃいました。拙い発表を聴いてくれた先生方には感謝しかありません。
あと、少し話が逸れますが、僕が入った筑波大学大学院・人間総合科学研究科(現在の人間総合科学学術院)には、カウンセリングコースとリハビリテーションコースがありました。僕は障害のある子の研究をしたいと思っていたので、リハビリテーションコースに進んだんですが、そこにいる同期は、ST(言語聴覚士)やPT(理学療法士)、OT(作業療法士)とか、あとは特別支援学校の先生とかばかりで、編集者なんていないわけですよ。
菊田:そりゃあそうですよね。
加藤:要は、脳卒中への理学療法や自閉症のある子の作業療法とか、そういった現場の実践について研究をしたい支援者の人たちが通う大学院だったんです。大学院のOBOGには著者の先生もいらっしゃいましたし、受講した授業の先生の中には金子書房で本を書いている著者の方にいたりして、授業が終わった後に、質問がてら「先生にお願いしているお原稿はどうなっていますか?」と原稿請求したりとか……先生によってはやりにくかったんじゃないかな(笑)。
ともあれ、大学院に行ってよかったなと思うことは、心理学や教育については(“門前の小僧”ですが)、ある程度知っていましたが、同期たちが、ST、PT、OTの専門家で、授業や研究の内容も「脳機能」や「身体機能」に関わるものが多かったので、知らない専門用語もバンバン出てきて、いわゆる「心理」だけはなくて「生理」についても学ぶ必要が出てくる、これが、僕の中でかなりのインパクトになりました。
僕が編集者になった頃は、神戸の酒鬼薔薇事件や西日本でのバスジャック事件などが注目されていたり、「17歳の心の闇」という言葉がキーワードになったり、あとは(今も深刻な問題ですが)いじめや不登校の問題がクローズアップされていたり、「心の問題」が結構大きく扱われていました。でも、リハビリテーションというのは、そういった「心の闇」とか「心の問題」ではなくて、「脳の構造」や「脳機能の障害」についての視点でアプローチしていきます。その後、自分が研究をするだけでなく、編集者として仕事をしていく上でも、その「生理」の視点が自分の中に備わったのはすごく良かったと思います。今は今で、子どもと関わりながら、編集者をしながら、「心理」の視点と「生理」の視点の両方で考えるのが大事だと思っています。
菊田:環境因子の部分と個人因子の話にも関係しますよね。
加藤:そうですね。障害の医学モデルと社会モデル、ということも大学院でリハビリテーションを学んだことで抵抗なく受け入れて考えられるようになりました。あと、親の会とかでよく耳にしていたASDのある子の感覚過敏の話題もこれまで以上に理解できるようになりました。いまだに「そんなの(ASDの感覚過敏)あるの?」と言う先生もいますけど、子ども自身が困っていることの要因に発達障害、発達特性、発達凸凹などの部分があること、また、いわゆる問題行動には、本人の親子関係とか、過去に受けた体験だけが背景になっていないこと(合わせて考えること)、など子どもを観る視野を広げることができたのは、大学院で得た知識や同期との交流のお蔭だと思います。
菊田:それでそのまま博士課程にも進まれたんですね。
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【予告】
次回は、6月1日公開です。
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