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菊田 UDフォントの需要が高まった背景には、日本の高齢化があると言われていましたが、こちらのフォントは子どもが対象ですよね。
高田 はい。わたしも最初、UDゴシックは文字がぼやけたり、かすれて見えたりする高齢者を意識して開発を進めていました。例えば、下図の上部にある「38S6」というのが、十数年前にサインによく使われていたゴシック体です。それぞれの文字のシルエットが似ていて切り口の距離が狭いと、ぼやけたときに読み間違いが起きやすいので、UDフォントは、空間をどのようにデザインし、切り口の角度はどうしたら読み間違いが起きにくいかを開発メンバーで試行錯誤して作りました。
前回でも話したように、UDフォントは、かなも「す」のループを小さく使っても潰れないように、濁点や半濁点をわかりやすくなど、あらゆる部分で工夫を凝らしています。
UDフォントは、ユニバーサルデザインの概念に基づいて、誰もが読み間違いが起きにくく、遠くからでもはっきり見えるようにデザイン調整をしています。なので、UDフォントは公共の場で使われるような配布物やサインなどに効果が高いと思います。書体は、ノスタルジックな印象があるとか、カワイイ感じなどイメージを伝える機能もありますが、UDフォントはイメージを伝えるというよりは「より多くの人が読みやすい」ということを重点に置いています。
ただ、こんな風に開発側が様々な工夫をしたところで、「これはユニバーサルデザインに対応したフォントです!」と社会に対して責任のあることをたやすく言って良いのだろうか?という不安が湧いてきました。「しっかり研究をしている方のお墨付きをもらって、自信を持って提供したい」と思い、ロービジョン研究の第一人者である中野泰志先生にお声掛けをしました。
そして先生にお会いする機会を貰ったときに、試作品を沢山持っていって、「どっちが見やすいですか?」と何度も訊ねました。ですが、先生は一向に何も言ってくれませんでした。当時のわたし達は、先生から「こっちが良いね」「この処理は、間違いだね」とアドバイスして貰えると期待していたのですが、先生は最後に私にこう言われました。
「高田さん、あなたも見えるだろうし、僕もメガネをかけているけど、見えているんですよ。本当に困っている人たちが、どれが見やすいかなんて僕だって簡単に言えない。UDフォントを作ろうとする観点は嬉しいし、必要とされているものだと思うけれども、それを作っているデザイナーさんは本当に現場のことを分かっていますか?」と。
菊田 現場というのは、障害者の現場ということですね?
高田 そうです。「当事者や支援者の困りごとが本当に分かっているの?」と……。その時点では、ぼやけたらきっとこう見えるだろう、こうしたら見やすいだろうと想像だけで作っていましたから、何も言えなくなりました。
その後、先生の計らいもあり、特別支援学校やロービジョンの子どもたちの学習のための拡大教科書の制作現場などに同行させて頂きました。
視覚支援学校では、子どもたちが本に目を近づけて一生懸命に文字を読んだり、文字が凹凸で示されている教材をなぞって文字の形を覚えたりしていました。拡大教科書制作の現場では、一般の教科書では読めない子たちのために、文字を大きくしたり、明朝体や教科書体を読みやすいゴシック体に変えたりしていました。こういったボランティアさんの取り組みは、もともとはロービジョンの子どもの保護者の方から全国規模へと広がっていったそうです。
そこでわたしたちは、教育現場の先生や当事者の子どもたち、またボランティアの方から直接、色々な話を聞くことが出来ました。
そこで皆さんに言われたのが、「あなたたちが作ってくれたUDフォントは、今までのゴシック体よりもロービジョンの子どもたちにとって、きっと読みやすいと思う。でも、教育現場では使えない。」ということでした。「読みやすいのに使えない?どういうことだろう?」と思ったのですが、ヒアリングを通して分かってきたことが、いくつかありました。
まずロービジョンの子どもたちは、細いところがよく見えない。線が太く強調されたところしか見えないので、線に強弱のある教科書体はどこがなぞるべき骨格なのかが分かりづらい。つまりゴシック体や丸ゴシック体のように、太さが一定で、ある程度の太さを保った書体のほうがわかりやすく読みやすいのです。
また発達障害の子どもの中には視覚過敏を持っている子がいます。文字の「はらい」や「はね」といった先端の鋭さが自分に迫ってくるようで、ストレスになっている子もいます。先端の鋭い教科書体や明朝体が並ぶ教科書を開くと集中できずに気持ち悪くなってしまう……
わたしたちも黒板をひっかく音とか嫌ですよね。きっと、それと同じことが視覚で起きている状態なのかなぁと。そのため教科書を開いて読もうとしても、長く続けられなくなり、嫌になってしまう。
それから、教科書体の筆をぐっとおさえるようなところや、明朝体の横線に付いている三角形の「ウロコ」と呼ばれる部分が気になって、文字が読み進められないという子もいます。そういう子たちも、ゴシック体や丸ゴシック体はストロークだけを抽出したようなシンプルな形状なので、読みやすいと言われています。
ただし、印刷用に作られたゴシック体の形状と手書きの教科書体の形状では、色々な部分で違いがあり、先生方が教えにくいということがあります。
「山」の二画目のように先生が一画で教えたいのに、ゴシック体では一画に見えないとか、「ふ」もこのゴシック体は画数が異なりますよね。印刷字形のゴシック体は、しんにょうの形状が省略されていますし、「令」の形状も手書きの形状とは違います。また、「令」の上部の「人やね」の左はらいと、「心」の左の点の形状はゴシック体では同じに見えますから、子どもたちにはスッとはらうのか、ぐっとおさえる点なのかわかりにくいですね。そんな理由から、子どもたちに運筆や形状がわかりにくいゴシック体は、先生たちからすれば「学校現場で使えない」となってしまうのです。
そういったヒアリングを通して、多様な子どもたちの見え方に配慮し、教育現場の先生にも教えやすく作ったのが「UDデジタル教科書体」です。
読みにくさを感じるのは、障害のある子どもたちだけではないと思います。
たとえば、文部科学省の示している定義では、紙の検定教科書をそのままデジタル化したものを「デジタル教科書」と呼んでいます。ICT教育の現場では、電子黒板に紙の教科書が投影されることも多く、バックライトのタブレットでの使用も今後増えるかと思います。
席が遠く離れた電子黒板に今までの細い教科書体が映し出されたら、バックライトで映し出されるタブレット上で今までの細い教科書体で組まれた文章を長時間読んだら、障害の有無に関係なく、見えにくく、目が疲れやすいと思いませんか?
菊田 左右で読みやすさが全然違いますね!教科書やテストにも、UDデジタル教科書体が使われるようになるといいですね。ディスレクシアの子どもたちにとってもこの違いは大きいと思います。
高田 UDデジタル教科書体は、デジタル化が進む教育現場で、国語の教科書にも使ってもらいたい、という思いがありますので、字体・字形についても慎重に開発しています。
開発当時、関東圏の主だった小学国語の検定教科書で、使用されている教科書体が「どういう点に注意して作られ、書写では何を教えようとしているのか?」をリサーチし、それぞれの文字を教科書メーカー別に比較できる資料を作り、付く・離す、出る・出ないなど細部まで比較した上で字体・字形のルールを決めています。画数はもちろん、書写の書き順による形状にも忠実に作られています。
上記の水色の枠内のように常用漢字外でも同じルールで作っており、新字から旧字まで細部も同じルール形状で統一しています。ですから、歴史上の人物や地名など難しい漢字でも対応できますよ。
菊田 「UDデジタル教科書体」は、読み書きに困難がある子どもたちのヒアリングから読みやすい文字の形状に配慮し、文字の書き方を教えるために、小学国語の教科書の調査や教育現場の先生方の意見を聞いて字体・字形を決めていることがよくわかりました。
昨今のメディアなどでは、「UDデジタル教科書体」の子どもたちの読みやすさの検証なども取り上げられていますが、具体的に教えてください。
高田 UDフォントを名乗るのに何かルールがあるわけではありませんが、モリサワのUDフォントは、必ず何らかのエビデンスを取得しています。エビデンスとは、研究・検証に基づいた科学的根拠のことです。デザイナーのヒアリングだけでなく、開発からお世話になっている中野先生のご協力のもとロービジョンの子どもたちを含む241人の方に協力して頂きました。これは中野先生が長年培ってきた視覚支援学校との信頼関係により実現できていると、大変感謝しています。
UDフォントのエビデンスをうたっていても、よくよく調べてみると、実は当事者3人だけに聞きましたということもありますし、教育とは全く関係ないビジネス上の検証結果の場合もあります。
菊田 UDフォントを名乗るのに決められた基準がないのであれば、ユーザも本当に自分の求めているエビデンスなのかをちゃんと見極め、その内容をしっかり理解しておく必要がありますね。
高田 そうですね。それは大事なことですね。ちなみに「UDデジタル教科書体」について、中野先生はデジタルデバイスでの読みやすさや、視覚支援学校での、紙に印刷した際のヒアリングとアンケート調査などを行ってくれています。いずれも、いくつかの教科書体の中で「UDデジタル教科書体がもっとも見やすい」という評価を頂きました。
また大阪医科大学LDセンターの奥村智人先生も、「UDデジタル教科書体」に興味をもってくださり、ディスレクシアを含む 読み書きに困難さがある子どもたちでの「主観的な読みやすさ」と「客観的な読みやすさ」の検証を行ってくれています。
次回予告(10月20日に掲載予定)
3部では、奥村先生の2つの検証をはじめ、「UDデジタル教科書体」の新欧文や記号などラインナップについて聞きました。お楽しみに!
★1話目のあるよセレクト『デザインが読みを可能にする!』はこちらからご覧いただけます★
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