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菊田 今日は金沢星稜大学の河野俊寛先生にお話をうかがいたいと思います。先生は、日本の書字研究の第一人者としてこの分野を切り開いてこられました。読み書き速度検査URAWSSの著作者でもいらっしゃいます。先生、今日はよろしくお願いします。
河野 よろしくお願いします。
菊田 うちの子も先生に「読み書き」の検査をしていただき、それをもとに学校との間で読み書きへの合理的配慮に向けた建設的対話を行ってきました。読み書き配慮を設立して、データを収集している中で、特別支援教育というのは、「障害に基づく」生活・学習上の困難を改善・克服するための教育という定義がありますので、その「障害に基づく」ことの裏付けをどんな形で進めていくのかということが、とても問題だなと思っています。
客観的な裏付けが何もなく、多少先んじて支援を始めたとしても、やはり客観的な裏付けは揃えていく必要があるだろうと思っています。そこで、客観的な裏付けとしての先生のお取り組みについて教えていただきたいのです。「どういう検査をすれば、どんなことがわかるのか?」ということを、例を示してご説明をお願いします。
河野 はい。「読み書き」の「困難さ」と言うのは、「読み書き」の「速さ」と、「正確さ」の「困難さ」です。全く読めない、または書けない人はいらっしゃらないが――もちろん知的な障害が重くて読み書きができない方もいらっしゃいますけども――いわゆる学習障害の中の読み書き障害という場合は、全く読めないか、全く書けない、という場合はありません。そうではなくて、スラスラと正確に読み書きできないということなので、読み書きの「速さ」と「正確さ」を測ることになるわけです。それには、「読み」の「速さ」と「正確さ」、「書き」の「速さ」と「正確さ」、の4つを測定するということになります。
「速さ」の方から先に言うと、読み書きそれぞれに、「読み速度」、「書き速度」ということになります。
「1分間に何文字読めるのか?」というのが「読み速度」です。検査によって「黙読」の場合もあれば、「音読」の場合もあります。どちらの検査もあります。
「書き速度」の方は、手本を書き写す速度で測定します。作文にすると内容を考える時間が入ってしまうので、純粋に書いている時間だけじゃないということになります。ですから、手本を書き写すという作業を、書字速度としています。
「正確さ」の方は、例えば「20問の漢字を書けるか?読めるか?」といういわゆる漢字テストのようなことをして、「20分のいくつ正解ですか」というのを、「正確さ」として測るわけです。ポイントは、「同年齢同学年の平均と比べないと意味がない」ということです。
菊田 そこ、ポイントですよね。
河野 そうです。例えば小学校1年生で、とても読み書き速度の遅い子がいたとします。でも、その子も年齢とともに少しは速く読めるようになるわけですよ。だから、小学校1年生の時の担任の先生が――仮にA君としましょう――A君が6年生になった時の姿を見た時、「おお、すごいね!スラスラ読めるようになったんだね!」と言うんですよ。
褒めることは良いんです。だけど、「平均と比べたらどうか」と言うと、平均との差は全然変わってないんですよね。
菊田 平均からの落差ですよね。
河野 そうなんです。その「落差をどう支援するか」というのがポイントになるので、そこを見ないといけない。「頑張れ、頑張れ!」と周りに言われて、本人は「いつまで頑張ればいいの?」となってしまう。現場の先生方は、「伸び」を見てしまうので、「頑張ればできる!」とおっしゃるのですが、平均がどうなのかというのを常に見ないと、適切な支援がされないんです。
菊田 そこですよね。当の本人が言うには、パソコンを使うようになったら、「表出する」ということが分かるようになってきて、文字で書く速度が上がってきたんです。文字で書く速度はぐーんと上がったんですね。それでも、「書くことの苦痛は変わらない」と本人は言うんです。そこでお聞きしたいのが、「速度」が「平均に追いつく」ということはあるのでしょうか?
河野 もし平均に追いつくのならば、「読み書き障害では無い」のではないですかね。なんらかの形で学習が遅れていたとか。特に障害ではなかったので、キャッチアップしてしまったということかもしれませんね。
菊田 なるほど。「読み書きの速度」が障害レベルで「遅い」ということは、平均に追いつくことはないということなんですね。
河野 原理的に「書く」という作業はどういうことかというと、頭の中にある音韻に文字のイメージをくっつけないといけないんです。「文字表象」と言うんですけど。それが音とくっついて、今度は手で、形、運動として、出さなきゃいけないんですよ。だから書くというのは、二段階あるんですね。学習障害というのは、音韻と文字表象がくっつきにくい状態です。
我々も、「何だったっけ、あの漢字?えーと、えーと」という状況が生まれますけど、それがひらがなでも起こっている人たちが学習障害です。書くとなると「えーと、えーと」と頭の中にいっぱい音として文章があるんだけれど、それを形にできないイライラがあるし、それがすごく辛いわけです。
菊田 その苦痛をなかなかわかっていただきにくい。小さい頃よりは書けるようになってきたから、学校の先生方は得てして「頑張れば、書けるじゃない」とおっしゃる。だけど、本人たちの頭のなかはものすごく混乱していて苦痛なわけです。息子はその「苦痛な状況を測ってください」と中学1年生の時に泣きながら大学の研究機関に電話をかけてお願いしたことがあるんですけど。そういうことを測るテストというのはあるんですか?
河野 「正確さ」と「流暢さ」を測る検査があります。
まず「読み」からいきましょうか。「読み」の「流暢さ」を測る検査というのは今三つあります。一つは元筑波大の宇野彰先生グループが作った、いわゆるSTRAW(ストロー)という検査です。「標準読み書きスクリーニング検査」が今の名前です。以前は「小学生の読み書きスクリーニング検査」だったんですけど、今は中学生高校生にも対応したので「標準読み書きスクリーニング検査」と言います。STRAW-R(ストローアール)と呼んでいます。もう一つが、稲垣ガイドライン(または実践ガイドライン)と通常呼んでいる「特異的発達障害診断治療のための実践ガイドライン」(以下実践ガイドライン)があります。国立精神・神経医療研究センターの稲垣グループが作ったものです。
STRAW-Rと実践ガイドラインは「音読」です。音読での速度を測ります。
もう一つがURAWSS(ウラウス)。「小中学生の読み書きの理解」です。小中になっていますけど、今は成人まで測れる検査です。これは「黙読」での速さが分かります。
実践ガイドラインとSTRAW-Rは音読なので、「正確さ」も測れます。読み誤りがどのくらいあるかを測ります。読み誤り数、というので数えて、学年平均と比較することができます。
URAWSSは「黙読」なので、「速さ」しか測れません。「正確さ」は測らない検査になっています。これが「読み」ですね。ちなみに実践ガイドラインは小学生のみです。STRAW-Rの読み速度は高校生までいけますね。URAWSSは成人まで対象にしています。
次に「書き速度」ですが、書き速度はURAWSSしかありません。今はURAWSSⅡですね。
菊田 URAWSS HOMEというのは?
河野 一緒ですね。あれはURAWSSを使っていて、内容は一緒です。
菊田 URAWSS HOMEはお家でも出来るんですよね?
河野 そうです。遠隔でやるだけで、内容や課題はまったく一緒です。
菊田 遠隔でやるので、実施者は親御さんがやるということになるんですよね?
河野 そうです。
菊田 そして、その結果を、たとえば郵送して検査が出来る方に送って、返信を待つと。
河野 そうです。受け取った所はそのデータの評価をして結果を送るということになっています。
河野 STRAW-Rの課題は、ひらがな・カタカナ、漢字の「単語」と、ひらがなとカタカナの「単文字」ですね。その「単文字」と「単語」の読み書きの「正確さ」を測ることができる。「正確に何文字読めるか?正確に何文字書けるか?」。20問ずつです。20分のいくつ、という数字が出ます。そして学年平均と比較して、大幅に不正確、そこまで不正確じゃない、というような判定をする。そういう作業をします。
先ほどの「読み速度」の方なんですけど、実践ガイドラインは「単文字」と「単語」と「単文」3つです。STRAW-Rは、「単文字」と「単語」と「文章」になっています。STRAW-Rでは「読み」の「正確さ」と「速さ」、それから「書き」の「正確さ」が測れるので、STRAW-RとURAWSSを組み合わせると、基本的に4つとも測れるんです。
武井 この二つの検査をすればカバーできるんですね。
河野 できます。実践ガイドラインは、対象が「小学生だけ」のこともあるし、課題も「読み」しかないので、小学生以上の相談が増えてきている状況では使い勝手が悪いかな、と思っています。ただ、実践ガイドラインは、病院での保険点数化がされています。病院では使いやすい検査なので、病院のST(言語療法士)はよく使っています。読み書きの検査は、これらの検査の組み合わせをする、ということですね。
菊田 なるほど。
河野 ちなみにURAWSSが何で黙読か言うと、試験を想定しているんです。試験の時に音読はしませんよね。そうすると、黙読が試験の時に延長時間など考える上では有効ではないか、と。そういう考え方なんです。ですから、わざと黙読にしています。
菊田 K-ABCというのがありますよね。あれはどういうのですか?
河野 K-ABCは、「知能検査」と「学力検査」の二つがあるんです。「読み」「書き」「算数」ですね。読み書き計算がどのぐらい習得できているか、というのを測る検査です。これの良いところは、K-ABCは、18歳11ヶ月まで使えることです。高1とか高2の子の読み書きの実態を測る時に使えるんです。特に大学入試等を考えてる高校生に使ったことがあります。KABC-Ⅱは、「知能検査」と「学習習得」の検査なんですけど、どちらかだけでもいいんです。両方しなくてもいい。だから「知能検査」をWISCでやっているから、K-ABCの知能検査 はもうしないというのでもいい。「学習習得度」も、「読み書き」だけやるという使い方をすることがあります。
菊田 あとRAY(レイ)の複雑図形検査というのもありますよね?
河野 「読み書き」の「正確さ」と「流暢さ」で読み書きの困難さはわかるんですけど、原因はなにか、ですよね。原因が視覚の問題なのか、音韻の問題なのか、というのがあります。もし「視覚」の問題だとすると漢字にフリガナ振る、という支援は良くないんですよ。漢字というごちゃごちゃした図形に、更にふりがなを振ると、ごちゃごちゃしすぎですから。余計に読みにくくしてる事になってしまう。ですので、支援を適切にする為に、原因を探る目的で視覚認知の検査と、音韻意識の検査をすることが多いです。視覚認知の検査の一つにRAYの複雑図形検査というのがあります。もともとはRAYの複雑図形検査は成人向けだったんですけど、小児も使えるだろうということで、元筑波大学の宇野先生たちが使い始めたのではなかったでしょうか。
音韻意識検査というのはいくつかあるんですけど、たとえば「逆唱」、さかさまに言うとか、あとは「音韻削除」、たぬき言葉とか、それをやって頂いて、年齢・学年平均と比較して、どのくらい苦手か、苦手じゃないか、というのを見ます。
音韻意識がきちんと発達していないと、音と文字のくっつきが悪いので、そこの自動化がうまくいきません。ですから、「えーと、なんだったっけ、なんだったっけ」となって、「読み速度」「書き速度」が遅くなります。そして、疲れます。
菊田 なるほど。「これだけ疲れる」というのが測れるわけですね。
河野 そうですね。シェイウィッツという有名なアメリカの研究者がいます。その方の本を読むと、音韻意識が発達してない場合、レンガの壁に例えて言うと、レンガで出来た壁がただの一面のように見えると。でも音韻意識が発達してくると、「1つ1つレンガがあるんだ」というのが分かってくる。だから例えば「たいこ」だと、「た」「い」「こ」という1つ1つの音なんだな、ということが意識できないと、それを文字化できないわけですよ。「ぎゅうにゅう」も「ぎ」「に」「う」になるんですね。
だから、原因が分かった上で支援につなげましょう、ということですね。 あとは補助的に語彙力も見ます。なぜかと言うと、文章理解力は語彙力に強く関係するという小学生の研究結果があります。我々もそうですよね。苦手な外国語でも、単語が分かればそこそこ意味が分かりますから。
あと、聴覚記憶も調べることがあります。なぜかと言うと、読み上げ、いわゆる代読ですね、その有効性を評価するためにやるんです。読み上げの速度や、いっぺんに読み上げる分量はどのぐらいか、というのは聴覚記憶の強さがはっきりしてないと正確な支援にはなりませんよね。
菊田 私達が支援を求めたい時には、こういう科学的な検査を学校に提出するわけですけど、先生方全員にこうした専門的な検査の理解が難しいとしても、重要性については少なくとも認識を持っていただきたい、そして、学校が、心理士などを交えた「チーム学校」としてこういうのを分かっていないといけませんよね。
河野 そうですね。
河野 我々はわざと数字にするんです。なぜかと言うと、数字には価値がないからです。いい悪いはなくて、事実しかないわけです。「事実として、今このぐらい離れていますよね。だからその分は支援がいりますよね」という風に使っています。
ただひとつ気になるのが、数字の怖さは「数字が一人歩きをする」ということです。特に知能検査なんかだと、「IQがいくつで〜」と一人歩きしてしまう。そういう怖さがあるので、もう一つの考え方があるんです。
RTIモデルというもので、Rはレスポンス、TはTo、Iはインターベンションとかインストラクション、つまり支援とか介入なんですよ。これは、まず「支援をしましょう」という狙いがあります。良い点は、極端に困難が現れる前から支援がはじまる、ということです。検査モデルは、困難が現れたらはっきりさせて、それから支援しましょうというやり方なんです。アメリカはRTIモデルが主流なんですね。安上がりだから、というのも実はあるんですが。
これには三段階あって、まず全体への支援をやります。その中でも上手くいかない子だけ、すこし特別なプログラムを用意して教えていく。それでも上手くいかない場合は、細かく個別の支援をしていく。上手く行ったら戻す。それでも上手くいかなかったら、「ディスレクシア」と名付けましょう、という考え方なんです。ただ、先生方の実力や考え方が必要なんですよね。
菊田 いずれかの時点で検査は必要なんですよね?
河野 もちろんです。
菊田 小学校の低学年とかで、心が折れる前にまず支援して欲しいですよね。
武井 二次障害になっちゃう前にね。
菊田 よく話しているのが、早いうちから支援をしている子たちは、二次障害なくまっすぐ育つよね、っていうことなんです。
河野 それは障害全般にそうなんですよね。知的障害の特別支援学校に行っても、昔だと全校集会をやると奇声が上がったり、走り回ったりしてたんです。でも今そんな子、あんまりいないですよね。早期から支援を受けてるのが大きいんでしょうね。
武井 心が安定するんですね。
最後に先生のご著書の紹介ですね。『読み書き障害のある子どもへのサポートQ&A』。これすごい愛用しました。辞書みたいになっているのが、すごく良いんですよね。
河野 相変わらず売れてて、5刷になりました。
菊田 あと新しい本も。『タブレットPCを学習サポートに使うためのQ&A』。
河野 電子テキスト版も出すらしいですね。最初の本も。
武井 そうすると、すごい便利ですよね!
菊田 これはQ&Aになっているので、すごく使いやすいですよね。端的になっていて、そばに置いて使えます。
武井 発行された経緯はあるんですか?
河野 ICTを効果的に使うことを伝えたいなと、原稿を書き溜めていたんですよ。それで、たまたま明治図書とやり取りがあって。
武井 読み書きに困難があると、パソコンなど使うと良いと分かっているけど、その先が分からない、という人に良いと思います。
菊田 先生方がこの本を参考にしてくださると良いですよね。河野先生、本日はありがとうございました!
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